線路に生きる – 2〈フィリピン鉄道 2019.7〉

フィリピンの鉄道 その②

トローリーボーイズの撮影を終え、SNSを見ていると、「North Railで○○が数年ぶりに復活運転」という情報が流れてきた。
正直半信半疑であったが、マニラから北に延びるフィリピン国鉄 North Railを翌日訪れることにした。

終点・トゥトゥバン(Tutuban)駅の一つ手前、Blumentritt駅で降りる。
この辺りは有名なトンドスラムの目と鼻の先で、昼間とはいえ身体が緊張する。
草生した線路沿いを歩いていると、後ろから何やら聞き覚えのある警笛音が聞こえてきた。

かつて新潟県などで活躍していたキハ52系がフィリピンに譲渡されたということは知っていたが、まさか撮影が叶うとは思いもしなかった。

というのも、故障がちでしばらく走っておらず、巷では”マニラの多村仁”とまで揶揄されていたのだ。
三番センター、マニラ仁である。

個人的には、中学生のときに大糸線でのラストランを見に行って以来のご対面であるが、その見てくれは若干様変わりしているようだ。

投石から乗客を守るため(フィリピンでは列車に向かってチビッコが石を投げる光景が至る所で見られる)、窓には網が設置され、暑さ対策のため貫通扉は開けっ放されている。

沿線の風景も新潟の米どころを走っていた時とは異なるが、朱色とクリーム色のツートンカラーは存外南国の雰囲気に合っており、もはやフィリピン国鉄色と言っても良い。

この辺りは自動車解体場が広がっており、煤けた匂いと埃っぽい空気が漂う。
働く男達は皆屈強そうで、珍しい列車など目にもくれず黙々と仕事をこなしていた。

撮影を楽しんでいると、またもや線路際のチビッコに発見されてしまった。
チビッコ達は線路際コンクリ打ちっぱアリーナでバスケの最中であったらしく、チームの核となる高身長センターを探していたようだ。

ぼくは身長だけなら桜木花道をも超える逸材なので、子供用リングにボールを叩きつけダンクを決めることなど容易い。
次々と点をたたき出す謎の助っ人の登場に、コンクリ打ちっぱアリーナは湧きに湧いた。
が、列車が通過するたびにカメラを取り出し試合を中断する怠慢プレーには、純粋無垢なチビッコ達もさすがにお怒りであった。

ボチボチお腹が減ってきたなと思ってたら、バスケを見ていたチビッコパッパがお家に招いてくれ、しかも食事をご馳走してくれた。

鶏肉とキャベツの質素なスープであるが、鶏ガラダシと塩味が効いていて何杯でもいける。マニラの優しさが火照った体に沁み込んでいった。

すっかり長居してしまった。チビッコとチビッコパッパにお礼を言い、再訪を誓う。撮った写真をプレゼントするのだ。

某ロナウイルスでいつになるかは分からないが、渡航解禁の暁には、いの一番にマニラの線路際に向かうのだ。

正味2日間の弾丸ツアーにもかかわらず、類稀なる素晴らしい経験ができ大変充実した旅であった。

マニラキッズに、Salamat Po!

(撮影日 2019.7.14)

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